My Favorite

2012年1月 4日 (水)

My Favorite #4 瑠璃光院

  「八瀬」の地は、「矢背」とも表記されるように、壬申の乱で背中に矢傷を負った天武天皇が「八瀬の釜風呂」で傷を癒してより、平安貴族や武士たちに「やすらぎ」の郷として愛されてきた。

  本願寺歴代門跡も、しばしば訪れたと記録に残され、三条実美公は、当時の庵に「喜鶴亭」と名付け、直筆の命名額を下され、この額は瑠璃光院に現存している。

  その後、大正末から昭和の初めにかけて膨大な敷地に数寄屋造りとして大改築を行い、自然を借景とした瑠璃の庭を代表する名庭を造営した。

  書院1階より・・・撮影は、2009年3月30日

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  緑が濃くなってきました・・・撮影は、2009年4月29日

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  何色?・・・撮影は2010年11月20日

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  書院から瑠璃の庭を・・・撮影は同上

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  入口です・・・撮影は2011年5月28日

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  臥龍の庭です・・・撮影は同上

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  2010年、報道ステーションで紅葉の時期に紹介されてから、一気に有名になり、最近ではバスで団体さんもやって来るようになってしまいました。しかしながら、団体さんは駆け足で去っていくので、やり過ごせば、静かな時間もやってくる。

  その昔、静寂の世界の中で、瑠璃の庭を観賞し、御住職とゆっくりお話しできた日々が懐かしい・・・

2012年1月 3日 (火)

My Favorite #3 源光庵

  鷹峰にある曹洞宗の寺院・・・

  本堂の天井は、伏見桃山城から移築したもので、1600年、家康家臣の鳥居元忠らが石田三成に破れ、自刃した時の跡が残り、血天井となっている。

  その脇には、丸窓と角窓があり、それぞれ悟りの窓、迷いの窓と呼ばれている。

  悟りの窓の円は「禅と円道」を表現しており、迷いの窓の四角は「生老病死四苦八苦」を表現している。

  冬の源光庵から・・・撮影は、2009年2月28日・・・入口です・・・

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  迷いの窓です・・・

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  悟りの窓です・・・

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  続いて、秋の源光庵です・・・撮影は、2010年11月20日・・・庭園のもみじが窓に・・・

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  青と赤です・・・

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  オレンジと緑です・・・

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  トップシーズン以外は、アクセスが良くないので、混雑はほとんどなく、悟りの窓と迷いの窓の双方にゆっくりと対峙できます。

  紅葉のシーズンは、さすがに混雑します・・・開門は9時なのですが、是非開門直後を狙ってください。森閑とした世界に浸れます。

  ちなみに私は紅葉の時期には、地下鉄北大路駅からタクシーを利用します。

2012年1月 2日 (月)

My Favorite #2 祇王寺

  真言宗大覚寺派の仏教寺院・・・寺自体は尼寺である。

  元々は浄土宗の僧、良鎮が創建した往生院の跡を引き継いで今日に至る。

  また、平家物語には、平清盛の寵愛を受けた白拍子の祇王と仏御前が出家のため入寺したとしても知られている。

  その後、往生院は衰退をたどり、明治時代の初期に一時廃寺となるが、嵯峨大覚寺の支配を受け真言宗に改宗し、1905年、富岡鉄斎らの尽力により復興を遂げた。

  冬の祇王寺から・・・撮影は2009年1月25日・・・入口です・・・

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  昔の入口です・・・

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  もみじと苔と茅葺・・・

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  ボタンです・・・

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  吉野窓です・・・

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  次には、夏の祇王寺です・・・撮影は、2009年7月23日・・・青々としています・・・

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  光を絞って、竜胆を・・・

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  秋の祇王寺です・・・撮影は、2009年11月30日・・・色とりどりです・・・

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  逆光に輝きます・・・

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  紅葉の密度が・・・

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  青空に透けています・・・Pb300070a

  祇王を寵愛する清盛のもとに突然現れた仏御前・・・

  「私の舞を見てもらいたい」・・・清盛は断るが、哀れに思った祇王が取りなし、舞を踊ることになった。関心のなかった清盛であったが、立居振舞、そして何よりも美しい仏御前に一気に魅かれ、何と祇王を追い出すことになった。

  その後、清盛の心ない振舞に、自害しようとする祇王を、母が何とか踏みとどまらせ・・・

  ある夜、祇王のもとに屋敷を抜け出した仏御前が現れる・・・「私は舞を見てもらいたかっただけ・・・こんなことになるとは不本意だった」と・・・

  その後、祇王、祇女、そして母、仏御前は出家し、今の祇王寺で朝晩の念仏を欠かさず、天寿を全うし往生したといわれている。

  そんな悲しい物語のある本寺・・・

  静かに境内に佇むと、当時の場面が鮮やかに浮かび上がってくるようです。

2012年1月 1日 (日)

My Favorite #1 高桐院

  明けましておめでとうございます・・・今年もよろしくお願いします・・・

  年初めに、私のお気に入りのお寺を御紹介します。

  まずは、高桐院から・・・

  紫野にある臨済宗大徳寺派大本山大徳寺の塔頭の一つである。開基は、茶人として利休七哲の一人として知られる細川忠興、開山は、玉甫紹琮(ぎょくほじょうそう)である。

  83歳で没した忠興の遺歯が高桐院に埋葬されて以後、細川家の菩提寺として庇護されるようになった。

  紅葉の時期が有名ですが、散紅葉も美しく、また、新緑の季節も緑がまぶしく美しい・・・

  庭に出ると、蹲が目に留まるが、この蹲は朝鮮出兵の際、加藤清正が持ち帰り、忠興に送ったものである。

  また、松向軒なる茶室は、忠興自らの手で造られたものである。

  まずは、2009年2月28日・・・冬の石畳の参道です・・・

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  本堂から庭園を臨む・・・

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  続いて、2009年4月19日・・・表門を入る・・・

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  緑鮮やかです・・・

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  本堂中央から庭を臨む・・・

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  緑に光がまぶしい・・・

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  本堂右側から庭を臨む・・・

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  続いて紅葉を・・・2009年11月30日・・・表門を入る・・・

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  楓の庭・・・散紅葉が・・・

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  紅葉が残っていました・・・

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  本堂から庭を臨む・・・

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  続いて、2010年11月20日・・・グラデーションが・・・

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  光に浮いているようです・・・

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  青空に赤が映えます・・・

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  本堂中央から・・・

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  この高桐院、自分が日本人であったということを確認させられるような、静かに魂に訴えてくる・・・そんなお寺です・・・

  しかしながら、敷居は高くなく、誰もが気軽に拝観できるお寺です・・・できればシーズンをはずしていただくと、幽玄の世界を、じっくりと味わうことができます。