銀閣寺界隈

2019年11月 1日 (金)

2019 銀閣寺

 何年振りかで、銀閣寺へ・・・

 向月台から・・・

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 銀閣、整備されていました・・・

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 花灯窓から・・・

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 東求堂、中には同仁斎が・・・

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 池と松と・・・

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 大内石・・・

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 高台のぼると、銀閣の頭が・・・

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 秋には近くのもみじが真紅になり、美しそう・・・

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 山を降り、左手から銀閣を・・・

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 正面にまわりこみます・・・

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 久々の銀閣でしたが、何と外国人の多いことか・・・

 京都の人気上位なんでしょうね・・・

 お寺の中がきれいに整備されていて、特に高台からの眺めは素晴らしかったです・・・

 あとは、同仁斎が公開されている時期に、内部をぜひ拝見したいものです・・・

 想定していた期待値のハードルを、越えていました・・・

 撮影は、2019年9月24日

2018年12月20日 (木)

和中庵紅葉

 ノートルダム女学院の発祥の場である和中庵へ・・・

 藤井彦三郎が建立した邸宅で、1949年にノートルダム教育修道女会が取得し、修道院として改修したのち、2008年にノートルダム女学院中学校高等学校へと移管されたものである・・・

 このもみじを見渡す場所で説明を受けます・・・

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 奥座敷からの紅葉は、こんな感じ・・・

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 思ったよりも多くの方が、次々と訪れます・・・

 人の流れが消え、縁側に人がいなくなったところで、額縁風に何枚か撮ってみました・・・

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 前回訪れたのは、汗が滴り落ちるような盛夏、その時に紅葉の季節に公開されればなと思っていたのですが、それが叶い、紅葉目当てで出掛けました・・・

 今年の京都の紅葉は、現地の方からは「今年は今一つですよ・・・」とのお声が・・・

 でも、十分に堪能させていただきました・・・

 撮影は、2018年11月25日

2016年8月14日 (日)

和中庵

 日本の化学繊維市場の礎を築いた一人といわれる藤井彦三郎により建立されたものから、ノートルダム教育修道女会の所有へと移管され、修道院となった。やがてシスターたちの高齢化に伴い、ノートルダム女学院中学高等学校に移管された。

 老朽化が進み、一時は解体が決定されるが、現高校長らの尽力により保存への道をたどった。そして、この夏おおよそ三週間ほどの公開へと至った。

 洋館のシャンデリア・・・

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 窓もおしゃれです・・・

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 大理石で作られた炉・・・

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 奥座敷へと向かいます。東福寺の通天橋を意識したそうです・・・

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 外観も素晴らしい・・・

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 贅沢な空間・・・

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 奥座敷には・・・

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 風景を切り取ります・・・

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 沓脱石も立派です・・・

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 デザインも美しい・・・

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 霊鑑寺の正面を右手に進むと到着します・・・

 これだけのものがよく残ったなというのが、正直な感想です・・・

 茶室もあるようですが、残念ながら公開はされていませんでした・・・

 紅葉の季節に公開にならないかなと思うのでした・・・

 35℃の京都でしたが、吹き抜ける風には一瞬暑さを忘れさせてくれました・・・

 撮影は、2016年8月9日

2014年4月18日 (金)

大豊神社

 哲学の道を北上、右手に大豊神社の入口が・・・

 少々歩くと、入口につきました・・・

 遊び心ですね・・・

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 牡丹も綺麗でした・・・

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 桜は山側から張り出していました・・・

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 鳥居越しに・・・

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 狛犬の代わりに、狛ねずみです・・・

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 この神社、変わり種が多く・・・

 狛ぎつねです・・・

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 狛猿です・・・

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 狛鳶も・・・

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 初めて訪れましたが、狛犬以外のいろいろな動物に迎えてもらえます・・・

 ちょっと気持ちを鎮めるのに、訪ねるにはどうでしょう・・・

 撮影は、2014年4月7日

 

2014年4月15日 (火)

2014 哲学の道

 大豊神社を出て、哲学の道へ戻ると、左手にはある企業の迎賓館として利用されている清宗庵が・・・

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 庭派の私としては、誘われます・・・

 哲学の道に戻りました・・・

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 ピークは過ぎても、まだボリュームがあります・・・

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 疎水に張り出す桜・・・

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 土塀に似合います・・・

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 優しい枝振りです・・・

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 本日、月曜日なのですが、哲学の道は原宿状態・・・

 人の波で溢れています・・・

 予定としては、久しぶりに銀閣寺を訪れ、特別公開中の東求堂を拝観する予定でしたが、断念しました・・・

 その後、大通りに出て、市バスで移動、楽しみにしていたある場所を目指しました・・・

 撮影は、2014年4月7日

2011年12月31日 (土)

安楽寺

  住蓮山安楽寺は、鹿ヶ谷にあり、住蓮上人と安楽上人を開基とする。この両上人が、現在の地より東1Kmあたりに「鹿ヶ谷草庵」を結び、布教活動の拠点としたのが、この寺の始まりです。

  両上人が称える礼讃は素晴らしく、両上人の前で出家を希望する人がたくさんあった。

  その中に、後鳥羽上皇の女官、松虫姫と鈴虫姫がおられた。両姫は、法然上人や開山両上人から念仏の教えを拝聴し感銘を受け、いつしか仏門に入りたいと願うようになった。

  1206年、両姫は上皇が留守の中、夜中に秘かに京都小御所を忍び出て「鹿ヶ谷草庵」を訪ね、出家を乞いました。両上人は最初は出家を認めませんでしたが、両姫の次の詠に感銘し、出家を認めることとなった。その詠とは・・・

  「哀れ憂き、この世の中にすたり身と、知りつつ捨つる人ぞつれなき」

 

  山門です・・・

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  山門を振り返ります・・・

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  前庭です・・・P4030075a

  ここまで、撮影は2010年4月3日・・・

  皐月が咲いています・・・

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  撮影は、2011年5月28日・・・

  さて、この女官の行動を知った上皇は激怒し、念仏の教えを説く僧侶に弾圧を加え、両上人は斬首された。さらに、法然上人、親鸞聖人をも流罪に処した。いわゆる建永の法難です・・・

  その後、両姫は念仏三昧の余生を送ったと伝えられている・・・

  また、両上人の亡き後、「鹿ヶ谷草庵」は荒廃しましたが、流罪地から帰京した法然上人が、両上人の菩提を弔うために草庵を復興するように命ぜられ、「住蓮山安楽寺」と名付けられた。その後、天文年間に現在地に本堂が再建され、今日に至っている。

  以上のような悲しい謂れのある本寺・・・

  通常は非公開ですが、春、秋に特別公開されます。その際に、ある程度人が集まると、住職自ら前述のようなお話を、淀みなく語られます・・・

  有り難く傾聴し、その後お参りさせていただくことができます。

  最近人が増えつつあるようですが、哲学の道から一本山側の道の傍らにあります・・・哲学の道の混雑からは考えられない空間がそこにはあります。

  どうぞ皆さん、良いお年を・・・

2011年12月30日 (金)

霊鑑寺

  椿寺の別名を持つ霊鑑寺・・・

  円成(えんじょう)山と号する尼門跡寺院で、1654年に後水尾天皇の勅願により皇女多利宮を開山とし、建立された。

  明治維新まで皇女などが入寺されたため「鹿ヶ谷比丘尼御所」、「谷の御所」とも呼ばれていた。このため寺には御所人形などの宮家ゆかりの宝物が多く保管されている。

  霊鑑寺の庭園は、主として書院、池泉観賞式庭園、春は天然記念物で樹齢300年以上の日光椿をはじめとして、30種以上の椿が咲き誇る。

  白い椿です・・・

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  赤い椿です・・・

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  散り椿です・・・

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  アップで・・・

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  年に、春・秋2回公開されるが、共に数日間・・・

  秋には訪れていませんが、春の椿の時期には訪れたことがあります。境内は、哲学の道からちょっと入ったところにあり、比較的空いていると思われます。

  撮影は、2009年3月30日・・・

  明日は、安楽寺を御紹介します。

2011年12月29日 (木)

法然院

  鹿ヶ谷にある浄土宗系の寺院である。

  寺の起こりは、鎌倉時代に法然が弟子たちとともに六時礼讃行を修した草庵に由来するという。

  江戸時代になり、知恩院第38世である萬無が、法然ゆかりの地に念仏道場を建てることを発願し、門弟とともに再興したのが本寺であるとされる。

  寺は、鄙びた趣をもつ茅葺で数寄屋造りの山門と、谷崎潤一郎などの著名な学者や文人の墓が数多く存在する。

  哲学の道の近くにあり、観光シーズンには、多くの人で賑わっている。

 

  山門です・・・(撮影は、2009年2月28日)

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  遊び心が・・・(撮影は、2009年2月28日)

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  散華です・・・(撮影は、2010年4月3日)

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  本堂は通常非公開であるが、期日を定めて公開される・・・その際には、是非拝観されることをお薦めします。

2011年12月27日 (火)

白沙村荘

  銀閣寺にほど近く、日本画家の橋本関雪が1916年から住んだ邸宅である。

  造営当時の関雪は東京から戻り、南禅寺金地院に仮住まいをしながら造営の指揮を取ったという。尚、建物や庭園の設計は関雪自身のものである。

  敷地内の建物は書斎、居間、客間、中庭などを内包する大きな主家と、屏風の制作を行っていた存古楼(そんころう)と呼ばれる画室を中心として構成されている。

  また、庭の南部には茶室群が存在している。

  入口です・・・P2280044a

  茶室を臨む・・・

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  荘の東西を分かつ夕佳門・・・

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  銀閣寺の喧騒とは異なり、静かに日本庭園を味わうことができます・・・

  詫び寂びの世界だけではなく、豪快さも兼ね備える空間です・・・

  庭園に興味がある方は、訪れることをお勧めします。

  撮影は、2009年2月28日・・・

  明日は、哲学の道を御紹介します。